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鈴屋訪問の醍醐味の一つは、宣長の新作を見ることにある。
寛政8年4月10日、松坂を訪れていた伊予(愛媛県)の野井安定は、暇乞いのため鈴屋を訪問した。安定は伊勢の荒木田久老の門人でもあり、宣長の所に来る前にもそこで勉強してきている。
さて、宣長は安定に、
「ところで、伊勢の久老さんは私が送った「あしひき、ひさかたのまくら詞の考」について何か言ってなかったかい」
と尋ねた。
「いや何も申されませんでした。どんなものですか、見せていただけませんか」
と言うと、宣長は立って机の辺りから何枚かの紙を持ってきた。細かい字で書かれた論文だ。ついでだがこれは万葉の雑歌の考証だ、といって別のものも指し示された。
「何かに発表済みですか」
と安定が聞くと、
「いやまだ未発表」
とおっしゃる。安定がその場でその論文を写したことは言うまでもない。
宣長も自説の評判は気になるのだ。またこういう新作が見えるところに、鈴屋訪問の醍醐味はある。
【資料】
『万葉集答問附録』奥書
「この鈴の屋ノ大人の御考は、一とせ安定松坂に行てもの学ひしてわかれ奉らむとする時、大人の給ひけるは、此ころ荒木田久老ぬしに、あしひき、ひさかたのまくら詞の考をしてつかはしつるか、此事いはれしやと問給ふ、何もうけたまはらでかへりぬとこたへ奉り、其考はいかにし給ひけむやと問奉れは、座をたち、机辺より紙壱枚に考一つづゝ細字に書たるを見せ給ふ、此ついでにのたまひけるは、万葉の雑歌も考置たりとて、又取出しあたへ給ふ、これは何の書籍に入給ひしと問奉れは、いまた載ず、みな考へ置しなりとの給ふは、寛政の八とせといふとしの四月十日の夜なりけり」。
この附録に載せるのは「万葉集一之巻難歌解」「ひさかたの天」「あしひきの山」の3篇。
>>「荒木田久老」
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