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宣長の顔や髪型は、以前見た画像通
りだと康定は言っています。どんな宣長像を見たのでしょうか。康定の宣長像は伝わっていませんが、だいたい想像はつきます。
宣長像は4種に大別できます。
1,44歳像系
2,61歳像系
3,72歳像系
4,鈴屋円居の図系
3でないことはすぐに判ります。宣長まだ65歳ですから。4でもないでしょう。この図は集合図ですから宣長の顔は実際と見比べてよく似ていると言うほどはっきりしていません。この頃の髪型は、恐らく髷を結っていたはずですから、1の44歳像(オールバック)ではなく、2の61歳像系であったはずです。
実際、諸記録や伝存する宣長像を見ても、1,3はほとんどなく、圧倒的に多いのが2です。だから康定の目に触れたのも2と考えていいでしょう。
作者も、ほぼ推定できます。
名古屋の絵師・吉川義信です。量産される宣長像の中でもっとも宣長の信頼が厚いのが義信像です。宣長の有力門人、たとえば植松有信、鈴木朖、藤井高尚、坂倉茂樹などが持っていた宣長像はみなこの人の作です。義信が描いた最初の宣長像は、寛政4年ですから、その前後に小篠敏が入手し藩主に見せたのでしょう。
義信像は穏やかな顔です。でも康定が、おっかないそうだと思ったのは、「漢意」批判があまりにも痛烈だったからです。論争を見ると、本当に怖そうな人です。
「本居宣長像」吉川義信画。
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「吉川義信」
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「信頼度抜群義信像」
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「鈴屋円居の図」
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「徹底分析・本居宣長六十一歳自画自賛像」
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「14、好きな物、嫌いな物 本居宣長四十四歳自画自賛像」
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