midashi_v.gif 『玉勝間』って面白い本?

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らんさんと和歌子さんの会話

らんさん

ら ん

和歌子

和歌子さん
【書名について】
ら ん 「玉勝間」はどう読むの?
和歌子 「たまがつま」と読んで下さい。草稿本の内題には、宣長の自筆で「玉賀都万」とあり、また、巻1の巻頭歌も「言草のすゞろにたまる玉がつまつみてこゝろを野べのすさびに」とあります。本来、この言葉は、玉と言う美称と、かつま(密に編んだ篭)が結合して出来た語で、それが連濁で「たまがつま」となったのです。
ら ん じゃあ、「玉勝間」というのは美しい篭という意味?
和歌子 そう。先程の歌をもう一度よく読んでみて下さい。言草(ことば)が、すずろに(思いがけなく)たまったので、美しい篭に摘もう。そうすれば、自分の心を述べる、つまり気持ちを伝えることができるし、野原での遊びとなる、気分転換となるだろうと言うの。若い頃から読書や考察を怠らなかった宣長が、その中で気付いたことを、随筆という形でまとめ、また、学者としての自分の歩んできた道を素直に語った本なのです。
 歌に「野」が出るのは、この本の清書を始めたのが、正月の子ノ日だったからよ。正月18日が子ノ日というのは、この前後だと寛政4年(1792)と、翌5年(1793)だから、どちらかの年に書き始めたということね。
 昔、宮中では、正月子ノ日には、野に出て若菜を摘む習慣がありました。美しい篭と正月子ノ日、この連想から命名されたのです。
ら ん 宣長の書いた本の書名には「玉」がよくついていますね。
和歌子 『草庵集玉箒』、『続草庵集玉箒』、『万葉集玉の小琴』、『玉くしげ』、『玉くしげ別巻』、『玉あられ』、『源氏物語玉の小櫛』、『玉鉾百首』、『詞の玉緒』、『玉椿』、ざっとこれだけあります。一番最初に「玉」がついたのは、39歳の時に刊行された『草庵集玉箒』かもしれません。実は、34歳の時に書いた『紫文要領』は、後に『源氏物語玉の小琴』と改められ、更に『源氏物語玉の小櫛』となったので、玉箒が最初とは明言しにくいのだけど。
ら ん 「玉勝間」という名前が初めて出るのもやっぱり書き始めた頃かしら?
和歌子 ところが、既に40年以上前、19歳頃に書いた『和歌の浦 二』に、「万葉拾穂抄口訣【季吟撰】」からの引用として「十二○玉勝間(タマガツマ)【本文アリ、秘訣別ニ注ス云々】」とあるのが、宣長のこの言葉との出会いの最初なのよ。
【『玉勝間』の内容】
ら ん ところで『玉勝間』ってどんな本ですか?
和歌子 国学者本居宣長の随筆集です。随筆と言っても、今の随筆と違って、近世考証随筆のひとつで、非常に知的な内容です。寛政5年(1793)に書き始め、亡くなるまで書き続けられました。刊行は、寛政7年から、宣長没後の文化9年(1812)にかけてされました。本文が14冊、目録が1冊で全15巻です。
ら ん 『玉勝間』は小項目に分かれていますが、全部で何項目ありますか?
和歌子 1,005項目です。
ら ん これで完成しているわけですね?
和歌子 書簡に依れば、宣長は、もっと書き続けて行くつもりだったようです。亡くなったので果 たせなかったのですが。
ら ん 全部を一度に書いたの?
和歌子 材料は、二十代の頃から書き始めた『本居宣長随筆』など、長年の書きためたものですが、それを寛政元年から編集にかかり、同5年から現在のような『玉勝間』として執筆しています。先程の寛政5年着手とはそういう意味です。この時に、文章は一文字一文字まで検討され、書かれていったことは、現在記念館に残っている草稿の加筆や訂正からよくわかりますし、また、佐竹昭広氏の「玉勝間覚書」(『日本思想大系 本居宣長』)で詳しく検証されています。
ら ん 宣長自筆の草稿は全部残っているのですか?
和歌子 残念ながらわずかしか残っていません。またその中の一部は、現在写真でしか見ることが出来ないのです。
ら ん どうしてですか?
和歌子 実は、その草稿は『草庵集玉箒巻六、七』(重要文化財)という本の裏に書かれているのです。その後、『草庵集玉箒』の稿本として綴じられたので見ることが出来ないのです。但し、重要文化財保存修理作業の時に綴じ糸を外して写真を撮影しました。
【『玉勝間』の読み方】
ら ん でも、正直な話、200年も前の随筆集を今も読む人はいるのかしら?
和歌子 宣長の本の中では、よく読まれていると思います。どんな人が読むのか大ざっぱに言いますと、まず、宣長を研究する人や、宣長に関心を持つ人です。この本の中には、宣長の読書遍歴、また、研究を続ける中で巡り会った人との思い出が書かれています。また、随筆ですから、宣長が何に関心を持っていたのかが分かるのです。次に、国語の先生。先程「文章は一文字一文字まで検討され」と言いましたが、文法や語法の正しい文章で書かれているので、教材や、テストに最適なのです。但し、使われ過ぎたためか、最近の大学入試では同じ宣長の著作でも『菅笠日記』や『秘本玉くしげ』が使われているようです。次に、古典研究者です。この本には、宣長の50年に及ぶ研究の成果 がびっしり詰まっていますが、気になって書き留めはしたものの未解決なこともたくさん書かれていて、研究者にとっては宝の山となっているの。あとは、暇な読書家です。拾い読みすると実に面白いのです。たとえば、針の穴をミミヅといったとか、三味線を和歌に詠めと頼まれた話とか。1,005項目ですから、色々楽しみ方はあります。
ら ん 絵は入ってないのですか?
和歌子 説明のためのごく簡単な挿絵が2枚入っています。
ら ん 読もうと思って開いてみたら最初のページでいやになってしまいました。
和歌子 最初から読まずに、たとえば次のような順序で読んでみて下さい。
 資料編に『玉勝間抄』がありますから、次の段を探して読んでみてください。
 まず、宣長が生まれ育った伊勢の国についての概説「伊勢国」(巻14)があります。この段は「宣長さんの松坂評」をみてください。
 次に宣長の読書遍歴を見てみましょう。巻2の「ふみども今はえやすくなれる事」、「おのが物まなびの有しやう」、「県居の大人の御さとし言」、「おのれ県居の大人の教をうけしやう」を読んでいただくと、少年時代から、契沖の本との出会い、賀茂真淵(県居大人)との対面、いわゆる「松坂の一夜」までが書かれています。
 宣長の考え方を知るには、「道にかなはぬ世中のしわざ」(巻2)、「富貴をねがはざるをよき事にする論ひ」(巻3)、「うはべをつくる世のならひ」(巻4)、「金銀ほしからぬかほをする事」(巻12)、「しづかなる山林をすみよしといふ事」(巻13)、「一言一行によりて人のよきあしきをさだむる事」(巻14)を読んで下さい。たとえば、「金銀ほしからぬかほをする事」では、お金が有れば本も買えるから、ありがたいが、あまり金々言うよりは、いらとぬ言っている方がよいと言っています。私たちの感覚、価値観と大変よく似ていると思いませんか。しかし、宣長はそのような中でも自分の考えはしっかりと持っていて、本質を見逃すことはありません。「世の人仏の道に心のよりやすき事」(巻7)や「道をとくことはあだし道々の意にも世の人のとりとらざるにもかゝはるまじき事」(巻7)は、そのような冷静な目で見た文章です。
 学者、また師としての宣長の意見は、「師の説になづまざる事」(巻2)、「わがをしへ子にいましめをくやう」(巻2)、「玉あられ」(巻6)、「おのれとり分て人につたふべきふしなき事」(巻7)の外、あちこちに出てきます。
 宣長は、好みがはっきりしていた人ですが、好きな花や場所などを知りたかったら「花のさだめ」(巻6)、「絵の事」(巻14)、「おのが京のやどりの事」(巻13)や、先にあげた「伊勢国」を見て下さい。
ら ん 聞いているだけで頭がくらくらしてきました。
和歌子 読んでみると存外面白いと思います。読み方は、ざっと飛ばし読みして、また後から読み直す、これが秘訣です。宣長が『うひ山ぶみ』でも言っているように、「初心のほどは、かたはしより文義を解せんとはすべからず、まづ大抵にさらさらと見て、他の書にうつ」るようにして下さい。音読するのも良いかもしれません。
ら ん ところで、宣長の悩みとかは書かれていませんか?
和歌子 学者としての悩みは、最後の段「道」(巻14)にも書かれてますし物忘れするようになったと言う程度のことは書かれています(巻4「わすれ草」)が、本書の執筆目的は、国学者として、後世に書き残しておきたいことですから、自分の回想でも、書く以上は、何か意味があるのです。まったく個人的なことは、求める方が無理ですよ。
ら ん この本に一番よく出てくる人は誰ですか?
和歌子 日本人では契沖、賀茂真淵、神武天皇の順です。また、日本人以外では、孔子が多いですね。
ら ん ほかに面白い箇所はありませんか?
和歌子 「もろもろの物のことをよくしるしたる書あらまほしき事」(巻10)では、百科事典があったらなあと言っています。もちろん百科事典ということばはありませんが。
 余談だけど、その中で『和名類聚抄』についても触れていますが、例えば宣長の使った『和名類聚抄』への書き入れが『玉勝間』の「味醤(噌)」と言う項目へと発展していったの。  
  また、これから子供が生まれるという方には「今の世人の名の事」(巻14)はぜひ読んでいただきたいと思います。また「十二支の巳を美(み)といふ事」(巻8)を読むと、宣長っていろんな事を考えていたんだなあと感心されると思いますよ。「手かくこと」(巻6)もぜひ読んで下さい。宣長が自分の書く文字についてどう考えていたか分かります。
ら ん 最後に、もし全部見たい時はどうすればいいのかしら。
和歌子 残念ながら、すぐに買える本はありません。でも、岩波文庫本はたまに再刊されるので気を付けていると入手できます。索引が付いていて便利です。また岩波書店の「日本思想大系」の『本居宣長』にも入っています。これは簡単だけど注釈が付いています。もう一つは筑摩書房『本居宣長全集』第1巻です。これは少し高いけど定本となる本です。
 あとはこのCD-ROMのあちこちに引用してあるからぜひ色々な画面を開いてみてね。

>>「味噌」
>>「本居宣長」
>>「宣長さんの松坂評」



(C) 本居宣長記念館


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