midashi_v.gif 「本居大平七十八歳像」

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本居大平七十八歳像 この画像は、大平最晩年の天保4年(1833)に長谷川素后によって描かれた。
 賛は
「真直なるやまとこゝろにまなびては神のまことの道は得てまし」

 大平が持つ笏状の物を「歌杖」(ウタヅエ)という。宣長が書斎で使っていた笏をまねして作ったのだという。特別な用途はない。歌を詠むとき、何か考えたりするときに手慰みにするのだそうだ。また2枚を繋ぐので指を入れてハタハタと音を出したりもする。書斎の遊び道具である。門人・伊達千広が何ですか、と聞いたのに答えた由緒が残っている。それによると「歌杖」の名は千広がその折に付けたのだという。

 由来を示した紙が残る。折紙に書かれた全文を翻字する。改行と読点、濁点を付した。

  「歌杖といへる笏形のものゝ詞。本居の翁のつねに手ばなたずまさぐりもたるゝ物あり、そは桜の木をうるはしく削りなして遊ひの器なる笏拍子などいはんさましたり、こは何のためにつくられたると問けるに、こはしかじかなむと、そのおもひよられたることのもとを書つけてなむ見せられける、今そのゆゑよしは翁の筆にゆづりて更に物せず、さて名やあるととふに、もとより古の器にはあらず、はた今の世もはらもてあそふ物にもあらず、たゞわが心もて作らせて、われのみもたる物にしあれば、殊さらに名もおふせずとなん答られける故、千広おもふにおよそ物あれば名あり、名なき物やあらむ、ましてこれはいとおかしくみやひたる物なるに、名なきこそあかぬことなれ、いかでこれに名つけてむとつくづくと考ふるに、此ものよときにつけさまざまに用ふめれと、歌よむ折ふしつら杖なとにつかれんことぞ翁のおもひよられたることのもとならむ、しかあらむには歌杖と名つけたらむはいかにと問ふに、翁いとよしとそいはれける、
 咲にほふことのは山の花みんとわけいる道の歌杖ぞこれ」(上段)

  「此桜の木して笏の形に似たるものは何といふものぞ、何の為に作れるものぞと、此ごろ千広ぬしのとはれたるにこたへけらく、 こは歌の円居して題とりてあんずるほど、手に握りもちて歌思の杖にもなし、又ある時はこのゆるくむすべる紐の間に左の中指をさし入はさみて、真手におきて左の中指と大ゆひともて二枚をはじきひらきつゝたゝみ合するに、はたはたひさひさひさとなる音もおもしろく、又見さしたる書の間にはさみ置てしをりともなし侍る也、そのはじめおもひよりたるは、ありし鈴屋翁の古代の笏の形とてつくらせてつねに机の上にうち置て物考ふる時はひざにも畳にもつきたてゝ杖のごとくせられたるたるがありつるに、笏は何とかやはゞかるべくもおもはるればかくあらぬさまにつくりかへたるなりとなむこたへける、【傍書】先日歌杖の寸法も申遣候付是ももし入用もやと存見あたり候まゝ写し申候、いそがしき中にて写候間字形ち見ぐるしく候、清書して人に見せ給へ」(下段)

 上下段とも大平筆と思われる。紙背は「御供料 賀嶋綾吉」「金二朱」と書かれ本来はお供えの包み紙であったことがわかる。賀嶋は不明。千広は大平門人の伊達千広であろう。伊達千広について手元には『伊達千広』高瀬重雄著(創元社・昭和17年刊)がある。
 本居記念館所蔵【新規※「よせあつめ」桐箱】。

【参考文献】
「歌杖」については、「敬神・好学・好事」吉田悦之『須受能屋』9号に詳記する。



(C) 本居宣長記念館


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