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宣長は「玩物喪志」とはまったく縁遠い人であった。だから「好事家」ではない。
物を集めないと、やはり好事家にはなれない。大館高門、木村蒹葭堂はその世界の大物だ。また谷川士清もちょっとそんな傾向がある。
宣長は、知識欲は旺盛だが、物への執着心はほとんどなかった。本も、借りて読めばいい。必要なら写したらいいと言う考え方であった。記録を見ると、駅鈴形の硯など珍しい物もたくさん貰ったようだが、残念ながら残っている物はごく僅かである。
一番大事にしていた、賀茂真淵先生の書簡でも、懇望する人にはプレゼントしている。
またプレゼントとはちょっと違うが、神社への寄進も行った。一つが自著『古事記伝』の奉納である。また梅の木も寄進した記録が残っている。
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>「『古事記伝』の奉納」
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>「真淵先生の書簡を贈る」
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>「宣長、梅を寄進する」
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>「プレゼントは隠岐の駅鈴」
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>「賀茂真淵像を貰う」
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