松坂新町、樹敬寺塔頭の一つ。現存せず。もと72坪。享保8年再建。小津本家代々の手次寺。「嶺松院歌会」はここで開かれた。同会の初会は1723年小津長正(清水谷実業門人・小津本家)により始められたが長正の死去で中断。1731年4月25日再開。その後会員や式日の変化があるが、再開以後だけでも78年間継続した。再開のメンバー10人の内、宣長の縁戚者が4名確認できる。宣長が加入したのは、京都から帰郷した直後1758年2月11日。以後、没するまで40年に渡り宣長の松阪での活動の拠点となる。今、山門を入ったすぐ左手、塔頭の跡には「しめやかにけふ春雨のふる言をかたらん嶺の松かけの庵、宣長」の歌碑が建てられる。また、碑の下の石には「嶺松院あと」の文字がある。
院は明治の大火で消失。今、その跡には松の木が植えられる。また樹敬寺には「嶺松院」の名前を刻した鐘鉢が残される。
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>「樹敬寺」