midashi_o.gif 律儀な久老さん

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 酒が好きで豪放なイメージが定着している久老さんだが、実は大変律儀な人である。
 次のような宣長書簡が残っている。

「一、まかのひれ返答書出来仕只今内宮辺へ遣し置申候、返り次第入御覧可申候、
(一、)御綱柏御考御見せ被下忝熟覧仕候、甚精確なる御考不堪称歎候、併猶も疑敷事共愚意書記し入御覧候間再往くはしく御吟味被成御聞せ被下度奉願候、内宮へも猶委く尋に遣し可申と奉存候、
一、為御年玉名産好墨御恵贈、毎度御厚志不浅忝奉存候、別而古地之名産文房之至宝忝奉存候、
一、書束紙一包進上仕候儀、菲薄之至御笑納可被下候、尚期後信早々、恐惶謹(言)、本居宣(長)、 月十五日、宇治五十槻様」


( )内は文字が欠落した箇所。個人所蔵。軸装、本紙痛み激しく解読も困難を極める。前文欠か。ここで注目していただきたいのは、「名産好墨」を宣長に贈ったこと。度会貞多の『神境秘事談』(『大神宮叢書』収載)に、

「宇治斎宮荒木田久老は加茂真淵に随ひ古学をよくす、著述の書もあり、今神都の産物とする神岸煙墨、とこよ橘墨、二見盃なとこの人のものすきなり、をしいかなこの人心ほこれるくせありて、徳行の学者にはあらし」
とある。自分で創案して、恐らく作らせた墨を贈ったのだろう。
伊勢の墨というと、同じ頃に、京都の藤貞幹(トウ・テイカン)も伊勢人から天岩戸の煤で作ったという墨をもらっている。関係あるかな。

 このように、久老は歳暮か新年の年玉で宣長に名産品を毎年のように贈ってきてくれた。名吉(ぼら)の筒込(つつごみ)が多かったが、このような珍しい物もあったのだ。
  また、宣長が伊勢に行った時にはごちそうで迎えた



>>「特別な時の食べ物」
>>「荒木田久老」
>>「藤貞幹」



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