midashi_o.gif 廊下に座る男の影

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 真淵と宣長の対面の場に、もう一人の人物がいた。松坂日野町の町人・尾張屋太右衛門(オワリヤ・タエモン)である。
 真淵書簡(明和5年、宣長宛)に、
 「先年貴地ニ宿候時、貴兄と共ニ被来候尾張屋(か)太右衛門といひし人」
とある。貴兄、つまり宣長と共にやってきたというのだ。

 また、やはり真淵の手記に
 「先年松坂宿一宿仕候時、(中略)当所に本居舜庵と尾張屋太右衛門と申者掛御目度と申込候而、右両人来り候。舜庵は学才も有者に而、其後半年ばかり過候而門弟入いたす、於今文通仕候。太右衛門は其時漸廿余歳と見えて、一言も不申、舜庵と談候を聞居候迄に而、其後終に沙汰無之候」(「伊藤主膳と申者之事」・『本居宣長稿本全集』第2輯)
と書かれている。一言もしゃべらなかったのだ。

 所がこの太右衛門、その後、有栖川家の青侍伊藤主膳を名乗り真淵に近づくという事件があった。事の次第は先の手記に詳しい。どうしてそんな嘘を付くのだろうと真淵は不思議がっている。尾張屋は商家であったが、やがて逼塞し、天明6年(1786)、新上屋の西隣にあった家屋敷は柏屋兵助に売却された。



>>「柏屋」



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