midashi_g.gif 竜門の滝

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 この滝に雨乞いをすると、霊験あらたかで、鰻が登ると雨が降る、宣長がこのように書いた「竜門の滝」。かの久米仙人が住んだことでも有名なこの滝を、案内人の不親切で宣長は見逃してしまった。旅館でその事に気づいたがもう後の祭り。明日、ちょっと竜門の滝に寄らないか、と同行の人に声をかけるが、誰もが吉野の桜が先決だと相手にしてくれない。結局、見ることが出来たのは寛政6年(65歳)和歌山行きの途中であった。今も車から降りて歩く山道は、いささか不安にさせる山の奥だが、宣長さんの頃はどうだったのか。その時の歌、

 竜の門 さしも名高く 聞しにも 見るはまされる 滝のさま哉

 山姫の さらせる布を たちぬはで その人ならぬ 我ぞきて見る

 昔より よゝに流れて 滝の音も その名もたかき 仙人のあと

 よりて見し いにしへ人の 言の葉に かけて名高き 滝の白糸

 此滝を けふきて見れば きて見けむ いにしへ人の おもほゆるかも

 滝見れば 見しいにしへの もゝ敷の 大宮人の おもほゆるかも

 苔深し 滝の糸見に くる人も まれにやあるらん 谷のほそ道

第2首目は、伊勢の歌
 たちぬはぬ 衣きし人も なきものを 何山姫の 布さらすらん
を踏まえたものであろう。

 見たいと思ったら、必ず実現する。宣長の意志の強さには舌を巻く。これが学者としての必要最低限の資質なのだろう。



(C) 本居宣長記念館


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