midashi_o.gif 坂倉茂樹サカクラ・シゲキ)

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 宝暦13年(1763)〜寛政11年(1799)8月12日。享年37歳。伊勢国白子(現在鈴鹿市)にある栗真神社神主。名は初め菅生、後に茂樹と改める。号は最初は常盤居、後に楽声舎(ササノヤ)と改める。天明4年、宣長に入門。『授業門人姓名録』に「○○坂倉大和守 茂樹」とある。白子の三樹の1人に数えられるが、特に、地元にある日本武尊陵を研究、その成果は『古事記伝』にも引かれた。また和歌を詠むことを好み師の添削をたびたびうけた。さらに神道家としても宣長の教えを守り実践した。だが惜しくも37歳という若さで、旅先の江戸で没した。

「本居宣長懐紙」

「本居宣長懐紙」

【参考文献】
「伊勢白子の国学と村田橋彦同春門両翁」小山正『皇学』4-4、5-1,2。


>>「信頼度抜群義信像」
>>「楽声舎」
>>「白子国学略年譜」



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