【賛の歌】
相坂や行来も絶て深き夜にあらしぞこゆる関の杉むら、高行
したふぞよ色音になれて花鳥のゆくへもしらぬ春の別を、常雄
暮深き花の木間に見え染めてひかりも匂う春の夜の月、茂穂
梢ふく風も音そふまつがねの岩もるし水むすぶすずしさ、元之
暁の夢は跡なき手まくらに露吹のこす秋のはつ風、戒言
花の雪うづむ山路を尋ねつつおいたる駒にまかせてや見む、中行
あふと見し夢の面影かき絶て物おもはしきさよの手まくら、直見
庭の面は桜ちりしく春風にさそはぬこけのいろぞきえゆく、宣長
ふじの根はなかなか雲にうづもれてすそ野につもる今朝のしら雪、棟隆
☆宣長の歌は『鈴屋集』には出ているが、編年体の歌集『石上稿』等に載っていないので詠んだ年は不明。
【下には何が書いてあるのかな?】
この絵を作成した年や経過が書かれている。
「此絵は松坂長谷川常雄が家にもたるをうつしとれるなり、歌は鈴屋翁のかきおかれたるをかなもそのままにうつしたるなり、茂穂とあるは大平がはじめの名なり、文政十年春、七十二翁書(大平花押)」
意訳すると
「松坂の長谷川常雄の所蔵する絵をそっくりそのままに写した。上の歌は、原本では宣長先生が書いていたが、仮名もそのままに写した。茂穂というのは大平、つまり私のことだ。文政10年(1872)春、大平。」
>>「宣長の歌」