midashi_o.gif 察然和尚(サツゼン・オショウ)

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 元禄14年 (1701)〜明和元年(1764)2月28日。64歳。詳蓮社審誉上人酉阿直入察然大和尚。母の実兄。幼児より江戸で育ち、後に江戸小石川伝通院27世となる増上寺・走誉上人の学寮・蔡華楼(サイケロウ)に預けられ修行する。入蓮社走誉上人は、10歳の宣長に血脈を受け、法名・英笑を与えた人だ。延享2年(1745)、走誉上人が71歳で増上寺大僧正に昇進されたのに伴い、察然(45歳)は蔡華楼第2世主となった。後に、文昭院殿(6代将軍家宣)御霊廟別当・真乗院の第1世主となった。また、京都遊学中の宝暦4年(1754)8月、上京した察然和尚と会ったことが『在京日記』に「廿四日、江戸真乗院審誉上人上京」と記される。この上京は、25日の知恩院宮尊峯法親王(桜町天皇養子)御入室の関係であろうか。この後、和尚は松坂に廻り、江戸に下るのだが、宣長に宛てた母の手紙には、和尚と一緒に帰省してはどうかと勧め、またその後の手紙では、土産をもらったことなども記される。


>>「増上寺真乗院」



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