midashi_g.gif 勢州奉行(両役所)

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 勢州奉行は、寛永14年(1637)に置かれた。初め職名を松坂奉行と称したが、後に勢州役、勢州奉行と改称した。勢州領の民政、農政、財政全般を司る仕事をした。松坂町奉行は承応元年(1652)頃に置かれ、大年寄、町年寄などの町役人を指図して城下町の民事、刑事などを司る仕事をした。宝暦3年(1753)から勢州奉行は松坂町奉行と御船奉行を兼務した。元禄8年(1695)以降は1人増員し、月交代で執務したために「両役衆」とも言われた。勢州奉行、今の市役所のあたりにあった。安永3年4月、御両役衆の渋谷氏の屋敷で『古今集』を講釈したこともある。寛政6年の和歌山初出府の際、まずここから呼ばれて宣長は「お呼びですか」と出向いた。『寛政六年寅年九月若山行表向諸事扣』に「十四日、両役衆より呼ニ参ル【月番花房】」とある。そして和歌山への召喚状や関係書類を渡された。


> >「講釈」



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