midashi_g.gif 旅籠・新上屋(シンジョウヤ)

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 新上屋は、日野町、参宮街道沿いにあった旅籠。魚町の宣長宅からは徒歩約8分。
 和歌山街道との分岐点に近いこのあたりには本陣・美濃屋や馬問屋を始め旅宿が何軒もあったらしい。

 この旅籠で、宝暦13年5月25日(西暦1763年7月5日)、本居宣長(34歳)と賀茂真淵(67歳)が初めて対面した。
 真淵は静岡県浜松の生まれ。当時江戸に住み古典研究の第一人者であった。京都・大和を経て参宮の途中、この宿に数日滞在した。
 宣長が宿の近くにあった本屋・柏屋兵助からこのことを聞いたときには、既に出立の後であった。
 かねてより真淵を私淑していた宣長は残念に思い、帰りにも泊まられることを期待して待った。
 望みはかない宣長は真淵と対面することが出来た。近所の尾張屋太右衛門を引き連れ訪ねた宣長を快く迎えた真淵は、宣長の『古事記』研究のためにはまず『万葉集』を学ぶことを勧め、自分の生涯をかけた『万葉集』研究の成果一切を宣長に伝えることを約束する。
 生涯たった一度の対面であったが、国学の歴史の新たな展開がここに始まった。
 この日のことを、二人の対面を描いた佐佐木信綱の文章により「松阪の一夜」と呼ぶ。

 旅籠は既に無くなってしまったが、場所は「新上屋跡」として、市の史跡指定(昭和28年12月8日)を受け、現在は碑と山桜が植えられている。


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(C) 本居宣長記念館


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