名前は有名だが、郷土史家桜井祐吉が『宝暦咄し』を見つけるまで場所が不明だった。真淵と宣長が対面した宝暦13年頃の、和歌山街道との分岐点、つまり現在の松阪駅から進んできて「よいほモール」(旧・参宮街道)と交わる所から、北西に20m。日野町
789・789-1 である。
柏屋、新上屋の並びを記すと、
(和歌山街道起点より北西に)
鳥谷屋三郎右衛門
柏屋兵助
白塚屋勘太郎
藪屋庄兵衛
新上屋・芝山氏
尾張屋太右衛門
大和屋清右衛門
となる(「松阪新上屋の話」山田勘蔵)。
鳥谷は戦時中の家屋疎開で今は大通りとなってしまった。柏屋、白塚あたりが今の岩井たばこ店だという。また尾張屋の敷地はその後柏屋が購入した。
新上屋跡碑
― 松阪市日野町789番地 ―
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