midashi_o.gif 塩崎宋恕(シオザキ・ソウジョ)

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 宣長の友人。松坂新座町の町医師。安永9年9月13日の夜は晴れて月が清かに見えた。宣長は塩崎宋恕の「白猪楼」で観月、歌を詠む。松坂近郊の白猪山(シライサン)を眺めるのでこの名があった。

 『鈴屋集』巻6には「塩崎某が家の白猪楼の詞」を載せる。
 『日記』は「十三日、夜月清明」と簡略だが、『自選歌』巻2の詞書に

「八月十三夜はくもりたりけるに九月十三夜の月のいとさやかなりけれは」(宣長全集・18-232)

とあり、また『石上稿』に

「九月十三夜塩崎某か家の白猪楼といふ高き屋にて月を見て、高き屋の名におふ山も月影にそれとしら猪の峯そまちかき」(宣長全集・15-413)

とある。

 宋恕の名は『(明和六年)松坂町役所支配分限調帳』(『松阪市史』11-306)にも見える。『諸用帳』によれば、壱岐の出産(寛政11年6月18日)後の7月12日頃に、24匁を支払っている。あるいは産科であったか。また、『学問所建設願書下書』に宣長と名を連ねる。松阪市立歴史民俗資料館所蔵「引札」に「黒丸子引札、先師後藤友一郎直伝竹内純製、弘所勢州松坂新座町塩崎宋恕」とある。

>>「松坂医療事情」
>>「学問所建設願書」
>>「白猪山」



(C) 本居宣長記念館


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