midashi_o.gif 白子昌平(シロコ・マサヒラ)

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 寛政6年7月21日没。白子の人。通称弁太夫。名孝昌。天明8年入門。最初は酒倉問屋、後に木綿問屋を営む。寛政元年3月、宣長が白子の村田並木宅を来訪した時、坂倉茂樹等同地の門人たちと迎える。同年8月15日「四十八番歌合」に出詠。『馭戎慨言』序(寛政2年初夏渡辺重名撰文)を染筆。なお、安永10年10月22日に荒木田尚賢の依頼で宣長所蔵『東遊風俗歌』を写した白子昌臣も同一人であろうか。


>>『馭戎慨言』
>>「白子国学略年譜」



(C) 本居宣長記念館


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