霧に煙った七見峠を越えて、宣長一行は、今の青山町から、名張市新田へと進む。峠の名前は、阿保の七里が見えるからだという。だが、決して高い峠ではない。今はゴルフ場になっていて旧道をたどることは出来ない。
それから23年後。寛政7年(1795)4月末、悲しみに打ちひしがれた春庭兄弟もここを通る。失明した春庭の治療のために、切畑村へ行くのは、春庭と弟・春村、妹・飛騨である。春庭の歌が残る。
「ふる雨に名のみ七見の峠にてそこともみえぬ阿保のむらむら 春庭
此峠を七見峠と云は阿保の七村を見おろすによりていふといへり」
見えぬのは雨のせいだけではなかったはずだ。

「七見峠の道」
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