midashi_v.gif 1、『菅笠日記』について その6

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 回想、菅笠の旅
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 小泉見卓に送った宣長の歌に見られるように、僅か10日間の旅であったが、同行者には忘れられない思い出となった。
 5年後の安永6年2月3日宣長は旅を懐かしみ歌を詠んでいる。

「一とせ吉野の花見にまかりし事をおもひてもろ共に物せし人の
もとへ二月の比いひ遣はしける

君やしる 夢かうつつか あかざりし 吉野の山の 花の旅寝は」
 また20数年後の寛政年間、『玉勝間』巻9の題を付ける時にまた旅のことを思い出している。
「花の雪・やよひのころ、あるところにて、さくらの花の、木本にちりしけるを見て、一とせ吉野にものせし時も、おほくはかうやうにこそ、散ぬ るほどなりしかと、ふと思ひでられけるまゝに、

 ふみ分し 昔恋しき みよしのゝ 山つくらばや 花の白雪

かきあつめて、例の巻の名としつ、雪の山つくられし事は、物に見えたり」

>> 「歌碑の謎 宣長歌碑はなぜ建てられたのか」



(C) 本居宣長記念館


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