midashi_v.gif 2、『菅笠日記』行程  第4・5日目

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千俣から吉野へ
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spacer 【4日目】
  吉野川を渡っていよいよ吉野山。まず吉水院近くの箱屋何某に宿を取り、後醍醐天皇の吉水院、蔵王堂、勝手神社、竹林院を拝観し、急坂を登ると世尊寺。そして、いよいよ吉野水分神社である。境内に立ち参拝するが、父母のことが思い出されて、涙がこぼれる。
 8日 千俣出立→上市→吉野川(桜の渡し、船・妹山、背山)→飯貝(イガイ)→丹治(タンジ)→(吉野山口)→四手掛明神(吉野山口神社?)→(七曲)→茶屋(攻めが辻・一目千本)→銅(アカガネ)の鳥居→仁王門→箱屋某(宿・休憩、食事)→吉水院・茶屋?→蔵王堂→実城寺→桜本坊→勝手神社→竹林院→滝桜・雲井桜→世尊寺→吉野水分神社→茶屋→箱屋某(泊)

>> 「世尊寺の鐘・吉野三郎」
>> 「大平の気持ち」
>> 「吉野水分神社」


【5日目】
  この日は吉野山の徹底探索。吉野水分神社から金御峯神社、ここまでは13歳の時に来ているはずだが。ここからは西行庵に行く。宣長さんと西行の関係は、ちょっと複雑。戻って、今度は山を下り、西河で紙漉を見て、大滝村に行く。吉野川の筏流しを見ながら一杯飲み、次はせいめいが滝、滝上までよじ登ってみる。来た道を戻り、次は宮滝へと向かう。ここが吉野離宮の場所であることが分かったのは、戦後のこと。宣長さんは知るよしもない。岩の上から急流に飛び込む「岩飛び」というすさまじい芸を見て、喜佐谷を通 って箱屋に帰る。この日、宣長一行の歩いた跡を今の人が歩いてみると、当時の人の健脚ぶりがよく分かる。
 9日 箱屋某出立→竹林院→吉野水分神社→二の鳥居(修行門)・金御峯神社→けぬけの塔→茶屋(休憩?)→安禅寺・蔵王堂(東に青根が峯見える!)→苔清水→(西行庵)−(戻り)→茶屋(休憩?)→(道標・大峰山との分岐点)→(東の谷底に夏箕の里が見える!)→(東北の谷底に国栖の里が見える!)→西河(ニジコウ)・紙漉→大滝村・川を覗き、筏流しを見ながら酒と乾飯→せいめいが滝・滝上に登る→西河−(戻り・急坂登り)→分岐点→仏が峯→茶屋(休憩・鹿塩神社のことを尋ねる)→樋口(向かいは宮滝)→宮滝の柴橋・岩飛び見物→桜木の宮→喜佐谷村→高滝(象山はこの辺り?)→箱屋某(二泊目)

蜻蛉の滝、その1
蜻蛉の滝、その1
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蜻蛉の滝、その2 虹が架かる
蜻蛉の滝、その2 虹が架かる。
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喜佐谷
喜佐谷


>> 「源義経の伝承」
>> 「西行庵」
>> 「青根ヶ峰」
>> 「紙漉」
>> 「酒を飲む大平」

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