柱掛鈴の聯の裏に、春庭の文(妻・壱岐の代筆)が貼り付けてある。
「古翁の、床のへにわが掛けてあさよひにいにしへしぬぶ鈴が音のさやさや、とよまれし鈴は、いつしか跡かたもなくなりにしを、あたらしくおもひわたりけるまゝに、近ごろしたしき友達に、其よしかたりて又つくらまほしきよしいひければ、其さまはいかにとねもごろにとはれけるに、其鈴は春庭若かりし時みづからつくりしことなれば、そのさまくはしくかたらひければ、人々都の左様の物つくる者にあつらへてめぐまれける、こよなくうるはしく出来にければいとよろこばしくて、有しさまに朝夕引ならしつゝあかずおもひてよめる、かくこそは 千とせもきかめ とことはに ふりし世かけて しのぶ鈴が音、文政五年午冬本居春庭」
文政5年(1822)春庭60歳。この年の正月22日に長女伊豆が浜田家に嫁いでいる。