midashi_b 「鈴屋」の由来

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 柱掛鈴が書斎の名前「鈴屋」の由来となった。それを詠んだ歌がある。書斎が竣工して約3ヶ月後の、天明3年(1783・宣長54歳)3月9日の歌である。

 「天明二年の冬、家のうちに高き屋を造りて、又の年の三月九日の日、友だちをつどへてはじめて歌の円居しける時によめる、

をとめらが、ま手にまきもつ、さく鈴の、五十鈴のすずの、鈴の屋は、しこのしきやの、丸木屋の、を屋にはあれど、しなたてる、梯ふみならし、のぼりたち、ふりさけ見れば、御城のへの、そらみつ山は、みつえさし、しじに生ひたる、はしきやし、君まつの木も、うるはしく、見かほし山ぞ、いさなとり、海のはまひに、よる浪の、いやしくしくに、とこしへに、来入つどひて、まそかがみ、見し明らめね、みやびをのとも、

鈴の屋とは、三十六の小鈴を赤き緒にぬきたれてはしらなどにかけおきて物むつかしきをりをり引なしてそれが音をきけばここちもすがすがしくおもほゆ、そのすずの歌は、とこのべに、わがかけていにしへしぬぶ、鈴がねのさやさや、かくて此屋の名にもおほせつかし
」(『鈴屋集』巻5)
 大平(28歳)もこの鈴を歌に詠んでいる。
  「鈴の屋の、鈴がねのよさ、紅の、こぞめの糸を、みつあひに、八ひろよりはへ、その緒さへ、ひかる小鈴の、さく鈴を、しじにぬきたれ、おく山の、真木の柱に、ながながに、取かけおきて、朝にはい、引ゆらかし、夕にはい、引ならさす、すずがねのよさ、稲懸大平」


>>「柱掛鈴」
>>「本居大平」



(C) 本居宣長記念館


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