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「うまき物くはまほしく・・」美味い物は食べたいし、と言うのが人の真心だ、と宣長は言うが、宣長自身の食べ物への欲求は比較的乏しかったようだ。「比較的」と書いたのは、冠婚葬祭の記録で、出された料理の逐一、例えば椀の中の食材から漬け物、菓子に至るまで克明に記録しているので、書物の上での知識以上のものがあったことが容易に推測されるからだ。好みは、やはり京都風か。『玉勝間』の「伊勢国」では、松坂にはクワイ、蓮根が無いと言っている。また、来訪者が増えるに従って、諸国の名産も口にはいるようになってきた。大矢重門の「焼き鮎」、横井千秋の「守重大根」等々。例えばミカンのように、時代が進んでくると改良され、また新しい種類のものが食べられるようになることは素直に喜んでいる。
但し、食物の中でもお米は別格である。米に対しては、一種の信仰心のようなものがあった。
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>「ご飯に感謝」
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>「食べることより学問だ」
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>「普段の食事」
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>「豆腐」
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>「到来物」
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>「特別な時の食べ物」
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>「十六島海苔」
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>「毎月の宣長さん」「お米と雀」
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>「資料編」『玉勝間』「うはべをつくる世のならひ」
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>「生洲」
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