midashi_b 庶民の日本歴史への関心

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 宣長の頃、日本歴史に関心を持つ庶民が増えてきた。
 奈良本辰也氏『二宮尊徳』(岩波新書)から、関心の様子を見てみよう。

 「自分の家の墓さえ分からないのに御苦労な話だと思うかも知れない。いや、現在どころか当時は、もっともっと奇妙な行為だった。当時の人が彦九郎や君平を奇人と称したのも当然なことである。/しかし、歴史がある時期をさし示して、そこで一つの事業を行おうとするときには、こうした奇人も必要であったのだ。わたしは、彼ら(高山彦九郎や蒲生君平・引用者注)の奇妙な行動のなかに、幕府の歴史ではなくて、日本の歴史を明らかにしようとする努力がかくされていたとみてよいと思う。民衆の歴史を知る手段や方法を知らない彼らは、まず支配者の歴史から明らかにしようと考えたのであろう。」(P45)

 「すべての藩は、それ自体の経済を持って、地方々々に割拠している。また、百姓自身にしてもそうであった。彼らは、何々村の百姓としての自覚は持つが、一国の国民としての自覚は持っていなかった。多くの侍が何々藩の自覚しか持たなかったのと同様である。いってみれば、それらのことはすべて、わが国がまだ国家としての体制を持っていなかったということである。それはたしかに、さきに述べた佐久間象山や高野長英、あるいは吉田松陰、橋本左内といった先覚的な頭脳、また本多利明、佐藤信淵というような優れた学者の頭には、日本という国が一つのものとして理解されていた。(中略)(二宮に)幕府がはじめたのではなくして、ずっと以前から連綿としてつづいている国、それを自分達の歴史として把握する、そういう考え方がなかったとはいえない。それは、本居宣長が考え、また彼と同じ時代に生きた平田篤胤が強く唱道したことである。」(P118)


>>「寺子屋の増加」



(C) 本居宣長記念館


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