『玉くしげ』

 天明7年(1787)12月、宣長は門人で紀州御勘定方役人(服部中庸か)の勧めで本書を藩主・徳川治貞に奉った。
『キ(玉偏に幾)舜問答』に

「紀公ノ仰ありて、著せしには非ず、紀州御勘定方の小役人に、我門人あり、先紀公の節に申は、御国の為なる事、何にぞ著せ、取次て御覧に入べしと、誘ひしによりて書し也」
とある。

 その内容は、宣長が研究し明らかにした「古道」精神を政治に反映させようとするもので、書名は、本書に添えた「身におはぬしづがしわざを玉くしげあけてだに見よ中の心を」という歌に由来する。

 また、その時に『玉くしげ別巻』も添えた。本巻は上下2巻で、その内容は実際具体的な政策論である。例えば、藩政のスリム化や百姓一揆などへの対策などが語られる。別巻はその「大本のわけ」つまり理念編である。本書はその後享和元年(1801)、時の藩主・徳川治宝から大平に対して、清書して献上するように命ぜられたこともある。(『本居宣長稿本全集』1-791所収、4月15日付大平書付)。
 理念編である『玉くしげ別巻』は、『玉くしげ』と名前を改め、寛政元年(1789)、横井千秋の序を附して刊行された。一方、本来の『玉くしげ』は、宣長没後、嘉永4年(1851)5月、座間(イカスリ)神社・佐久良東雄により『秘本玉くしげ』2冊として、木活字版で刊行された。


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