「あの鈴屋の、抽出の附いた急な段梯子を持つたさゝやかな中二階、−窓を開けると、前に松の古木の植わつたちよつとした庭があつて、その葉越しに表の人通りなども見えたであらうあの部屋、−翁は彼処に机を据ゑて書き物をし、仕事に倦むとあの壁にかゝつてゐる鈴をならしたと云ふことであるが、私はあの家がもと建つてゐたと云ふ物静かな松坂の街通りと、あの中二階を思ふと、何だかあれが、四五十年前の日本橋の家であるやうな気がし、自分の少年時代の夢があのうす暗い間取りの中に漂つてゐるやうに感じるのである。」『初音・きのふけふ』昭和17年12月刊。
『初音・きのふけふ』より。
鈴屋への階段
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