床の間の宣長

『犬夷評判記』

 えー、ここに掲げましたのは『犬夷評判記』の口絵でございまする。この本については「殿村安守」の項をごらんいただくとして、まず火鉢のそばで寝そべったりして本を読む女、これは別。めがねをかけて頭巾をかぶったおじいさん、何を隠そう、天下の読本作家・滝沢馬琴でございます。

 難しい人だったそうですが、ここでは機嫌がよい。オウオウ口には笑みも浮かべております。上の五言絶句も「頼」に「鳥」それに「斎」難しい字ですが、馬琴の別号。わしが馬琴じゃという案内でございます。

 何を馬琴は読んでいるのか、それはもう一枚をご覧ください。

『犬夷評判記』2

 2枚の画には恐らく100里、つまり400キロの距離差がございます。馬琴が住むのは「江戸」、もう一方は「松坂」でございますが、では床の間の前に座る御仁はどなたかな。床の間をご覧ください。軸が掛かっておりますがそこに僅かに見えるのが「宣長」と言う署名。宣長の歌でございます。

 歌はなんて書いてあるの、ここで問題。これがわかった人は本居記念館までご連絡ください。正解者には粗品進呈致します。

 それはともかく、その脇には柱隠し、聯というものが掛かっております。ここのは「楽無極」とあります。

 ここまで言えばわかる人にはわかる。宣長の門人で、快楽主義者、そして本書『犬夷評判記』の関係者といえば「殿村安守」さんでございます。

 では、その横の役者みたいな男ぶりのいいのは誰?
 着物を見てください。魚の模様ですね。この人は安守の弟と言われる「櫟亭琴魚」(レキテイ・キンギョ)さんでございます。キンギョだから魚ですね。馬琴に入門し、読本も書きましたが若くして亡くなった。本書の校閲者です。

 馬琴は、自分の数少ない理解者として安守の名前を挙げている。安守からの手紙でも読んでいるのかな。これは冊子だから手紙じゃないよ。でも、安守の手紙はこんな冊子形態が多かったのですよ。でもちょっと厚すぎるかな。
 

 このように、宣長の書は広く普及し、その事が宣長家の家計を助けることにもなったし、また宣長の名前を有名にする力にもなった。
 今では床の間の軸なんて誰も見ないが、昔は、その家に訪れると座敷に案内される。挨拶が終わると次は床の間の軸の話になったものだ。絵に描かれるのはその人のバックボーンなのだ。
 例えば「鈴屋」、いくつかの軸が掛けられるが、一番有名で、また写真になるのは「県居大人之霊位」、つまり宣長は真淵先生の弟子ですというこれは「看板」のようなものだ。
 このほか、床の間に宣長の軸を掛けた例としては、「和泉真国」像がある。
 もう一つ大事なことがある。宣長の画像も同じように床の間に掛けられた。その様子は「4,浜田の殿様、宣長と会う」を見ていただきたい。


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