徳川光圀(ミツクニ)

 西山公(徳川光圀公)。ご存じ、水戸光圀公だ。
 寛延5年(1628)6月10日〜元禄13年(1701)12月6日。享年72歳。 水戸徳川家2代藩主。「本朝の史記」を目指し『大日本史』編纂に着手する。また契沖に『万葉代匠記』執筆を依頼する。その『大日本史』を宣長は、唐めきているが、皇統を大切にし考索が広く、「万代之重宝」と評価(安永8年11月20日荒木田久老宛書簡)。『うひ山ふみ』では『礼儀類典』をめでたき書と推す。『和歌の浦』第5冊には『扶桑拾葉集』の収載書目が引かれ、天明元年には『烈祖成蹟』を抜書、寛政4年6月5日付横井千秋宛書簡では『千年山集』に光圀の事が記され面白いと推賞する。『本居宣長随筆』第13巻には同書や『年山紀聞』の抜書があり事跡や逸話が紹介される。


> >「恩頼図」



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