midashi_v.gif 「富松の歌」

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 懐紙。荒木田久老(度会正董)詠。奉書紙(上藍下紫の雲形文様を漉いた内曇)。全17行。漢字平仮名(振り仮名は片仮名使用)。寸法 縦36.6cm、横49.3cm。製作年、宝暦13年(1764)10月頃か。田中繁三旧蔵。

【内容】
 宝暦13年10月4日、山田の祠官(伊勢神宮外宮神主)・橋本主計正身(橋村の誤りか、橋村なら久老父)、榎倉雅楽末雅、堤織部盛箕、橋村監物正令(久老実兄)、小田主殿正董(久老)、沢田將蔵永世の6名が、松坂郊外の射和村富山家に所蔵される『元暦校本万葉集』を調査に行った時、同家の主人定豪(サダカツ)の請いにより、庭園の富松を詠んだ万葉調の長歌。本懐紙は久老弱冠18歳の作のため、歌そのものは稚拙であるが、筆跡は見事である。

 「富松の歌」には「従五位下度会正董」の署名がある。正董(マサタダ)は若い頃の名乗り。またこの調査の直後の11月27日、従五位上に叙せられた(『荒木田久老歌文集並伝記』)。


富松の歌

「富松の歌」


>>『元暦校本万葉集』
>>「荒木田久老」



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