宣長の童名。命名者は一族の長老、紺屋町の小津八郎次。享保15年5月25日の生誕より、元文5年(1740)8月に弥四郎と改名するまで使われる。改名の理由は、徳川宗将(後に7代紀州藩主)正妻・富宮と同じ文字であることを憚ったため(『日記』)。
>>「名前」