midashi_g.gif 東寺五重塔に登る

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 帰郷直前の宝暦7年(1757)9月、友人岡本幸俊に招かれ、六孫王祭礼見物。祭礼後、食事をして、念願の五重塔に登る。同行したのは、高村好節、山田孟明等。五層から京の町を眺望する。また、塔の構造に感心する。
 今では登るなど夢のまた夢。そこで宣長さんの記述によって登った気分に浸りましょう。

「とし比のぞみ思ひしことにて、此寺の塔へのぼらんことをこふ。幸俊たやすくうけかひて、預りのかたへ鍵かりにやりて、さて行く、けふは高村好節と同道せしが、まつりの所にて孟明に出あひしかば、これも同道してゆく、さて東寺の熊八といへるおのこと幸俊と五人ゆく、幸俊さきだちて、鍵して扉をひらき、内にてはおり(羽織)わきざし(脇差)やうの物みなぬぎおきて、さて手のごひ(手ぬぐい)被り、すそからげ、ゆかたなどうちきなどしてのぼる、上はいとくらきやう也、時刻は七ツ過なりしかば、鳩おほくとまりゐたるが、おどろきさわぎまどふ、羽音いといとかまびすしくおどろおどろし、其上、いとすごき内のさまにて、鳩のふんなど所せくつもりみちて、いといぶせし、いとすごくそぞらさむきやうなれども、心をおこしてのぼる、のぼるさまは、東西南北かたたがひに、板のやうなる物をわたりのぼる、さて二重三重四重五重、重ごとに、ゑんへ出て四方をながむる、いと興あり、五重めの屋根九輪へ出る所に窓あるより、かしらさし出して見れば、いと高くそびへあがりて、下をのぞむにいとおそろしく覚えて、手足わななかる、遠近いづこもいづこもいとよく見えわたる、さておるる程、のぼりこし道まどふやう也、中のしん柱は、上のくりんより地形までとをりて(通りて)ちうに(中に)つりたる物也、塔といふものは、げによくたくみてたてたりける物なりけり、さておりはててぞ、かのおどろきまどひてたちたりし鳩、みなかへりとまりぬ、此塔高サ廿七間とか有とぞ、洛中洛外にて第一也、さておりて、ちりはらひ、あたりの沢水にて足あらひなどしてかへる」

【参考文献】
『東寺の建造物−古建築からのメッセージ』東寺宝物館、(改訂版)1997年5月。

 東寺五重塔。

東寺五重塔。1644年の再建。高さ57m
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東寺五重塔(部分)

東寺五重塔(部分)

 

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