机の上の短冊は内曇の図柄で宣長の好みのものである。師賀茂真淵が短冊は備忘書であると言ってほとんど残さなかったのに対して、宣長は短冊を好んで使用した。短冊そのものも宣長の好みにより選ばれた和歌の画面(様式)であった。色紙もまた同じで、古歌でなく自詠を好んで書くのは鈴屋派からであること城戸千楯『詠歌したためぶり』に記す所である。