midashi_o.gif 妻・勝(カツ)

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 寛保元年(1741)12月12日〜文政4年(1821)3月21日。享年81歳。父は藤堂藩侍医・草深玄弘、母は園。父玄弘は恕庵とも名乗り、宣長が真淵に入門する時に、真淵が恕庵生まで話しておいたと言う人と同一人であろうとされるがよく分からない。兄は丹立、また玄周とも言う。堀景山塾での友人だ。結婚前はたみと名乗った。最初、津の藤枝九十郎に嫁すが、死別し実家に帰る。その後宣長に再嫁。義母の名をもらい「勝」と名乗る。2男3女を生む。『本居氏系図』では「三男四女」と書くが、2名は死産。法号の円明院清室恵鏡大姉は宣長が付ける。

「本居宣長夫妻墓」樹敬寺

「本居宣長夫妻墓」樹敬寺



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