midashi_b 通信教育

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 賀茂真淵からの指導は、「しばしば書かよはしきこえてぞ、物はとひあきらめたりける」(『玉勝間』)と、書簡とそれに添えた「質問状」により行われた。書簡による、つまり「通信教育」とか「遠隔教育」の実践例、またその成果の大きさを考えると、「日本で最初に通信教育で勉強した宣長」と言うのも誇大評価ではない。
 また、宣長が師として門人に指導をしたりするときもやはり書簡と質問状が中心となった。

 これは、文化が地方にまで広まったこと、また、宣長の学問の新しさ、通信網がかなり整備されてきたということが大きな要因だが、実はそれ以上に大きな理由が2つもある。  

  1. 宣長は、質疑応答と議論が大好きだった。質問者が門人であろうがそれ以外の人であろうが、聞かれたら答える。そして納得するまで質疑応答、議論を繰り返す。いや、しつこいぞ。
     
  2. 宣長は、特に間違った語法などがあると、訂正したくなる、直し魔、添削魔だった。荒木田麗女が、頼んでいないのに直したと言って怒ったこともある。だから、今も夥しい数の宣長の添削詠草や文章が残っている。 それに、松坂の地の利、「筆まめ」と言う性格が合わさるのだから、まさに鬼に金棒だ。
 また、宣長は通信教育のための、確実に速く伝達する方法を自分なりに工夫した人であった。それは『文通諸子居住処并転達所姓名所書』というアドレス帳にまとめられている。

>> 「荒木田麗」
>> 『文通諸子居住処并転達所姓名所書』



(C) 本居宣長記念館


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