midashi_o.gif 茶店の女

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 俗曲に、「お伊勢参りしてこわいとこどこか、飼坂、櫃坂、鞍取坂、つるの渡しか、宮川か」と歌われた「飼坂」を越える。峠の上には名物の茶店がある、店の女が旅人の袖を引く。 この日の大平の『餌袋日記』の記述は次の通り。
 「十四日、明わたるほど、霧やうやう晴ゆきて、見まはせば、この里も、いとふかき山のおくなりけり、空はなほくもりたれど、雨はふらず、かのおきつといひし里より、いとけはしき坂をのぼる、これぞこの、道のあひだにいみじき物に、きゝわたりたる、かひ(飼)坂なりける、からうじて、たむけ(峠)にのぼりいたりたる、道のかたはらにあひむかひたる茶屋ありて、こゝらのをんなども手うちならして、まねきなどして、まを(申)しまを(申)し、こなたに、こなたにと左右より、かしがましう、よびさへづるも、めづらし、さて山をくだれば、やがて多気なりけり、こゝはむかし北畠の君の、よゝへて、すみ給へりし所にて、大人は、例のねもごろにそのふりぬる跡どもたづね給ふ、また下たげといふを過て、同じやうなる山道を遠くゆきて、小川といふ里に来たるほど、堀坂山の、うしろのかたをむかひに見渡したる、わが郷より、あけくれに、見なれたる山なれば、まづいとなづかし、
 故郷を思ひやりつゝいつしかと見まくほりつるほり坂の山、 伊福田、与原を過て、この堀坂のたむけに、のぼりたつきたるほど、入海はるかに見わたさる、日ごろの山ぶところを、出はなれて、かく見はらしたる、いはんかたなくめづらし、
 住なれし故郷ながらかへり来て見るめめづらしいせの浦波、 さていせ寺にくだりて、家には日くれはてゝなん、かへりつきぬる」

 客引きの女が「もうし、もうし、こなたに、こなたに」と旅人の袖を引く。
 明和5年、つまり宣長が通過する4年前の「幸講定宿帖」には、「茶屋二軒あり、ちから餅とて小豆のもちうる、五文づつ、下女あまた出てとめる」とある(『伊勢本街道』下・上方史跡散策の会編・向陽書房)。大平17歳の春である。


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