寛政9年8月8日付・大平差出有信宛書簡の段に 「玉の小櫛の一の巻は本文四十丁、序四丁、二の巻は六十三丁、合せて百七丁であり、その彫刻料として二十二両一分の手形を浜田侯から両人(高蔭と大平か)が受取ったので、これを有信に送るということである。端数はあとで清算するとあるが、これで見ると一丁の彫刻料は二分強である。表紙外題などの彫刻料を考えると、大体一丁が二分の彫刻料と考えてよいであろう」(『植松有信』P209)とある。 >> 「『古事記伝』板木の値段」 >> 「貨幣」