midashi_o.gif 本居内遠(モトオリ・ウチトオ)

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 寛政4年(1792)2月23日〜安政2年(1855)10月4日。享年64歳。
 大平養子。和歌山本居家二代当主。旧姓浜田。幼名鎌次郎、通称久次郎、弥四郎。実名孝国、後に高国、秋津。尾張時代の号は木綿垣、榛園、狂歌では時曵速躬と号する。

 生家は名古屋の書肆万巻堂。屋号菱屋。15歳の時宣長の著述を読み、以後、植松有信や鈴木朖の講説を聞く。文政元年市岡猛彦(27歳)に入門。同3年(『藤垣内門人姓名録』は4年条に「浜田秋津、孝国」)大平入門。
 40歳、大平の娘藤子と結婚、養子となり、名を内遠と改める。三男二女あり。義父大平の後を継ぎ、紀州徳川家に仕え『紀伊続風土記』編纂。また『新撰紀伊国名所歌集』に携わる。安政元年江戸の藩校古学館再建で江戸に下り講釈をするが、翌年赤坂藩邸に置いて死去。長男豊穎が代わりに下向し大任を果たす。藩主の下問や病気見舞い等に多才振りを発揮。『古学本経大意』(嘉永7年9月・豊穎編)を始め『後奈良院天皇何曽之解』、新作謡曲『日前森』等は何れも藩主に呈上されたものである。また盤上遊技研究書『金枕抄稿』や紀州関係の『伊太祈曽三神考』等多くの考証を残す。
 門人には、久米幹文、小中村清矩、千家尊澄等がいる。
 画像が本居宣長記念館、和歌山市立博物館に残る。一見すると随分違うが、よく見ると風貌は同じだ。

 墓は最初、深川の恵然寺、後に東海寺に移される。また、和歌山吹上寺にもある。
 東京都品川区、東海寺大山墓地は、沢庵禅師や、賀茂真淵などの墓があることで有名。江戸で急逝した内遠は、そのまま江戸に葬られ、吹上寺に分骨されたのであろう。
 『本居内遠翁略伝 条里図帳考』には、

「安政二年十月四日病して赤坂邸の舎に身まかりぬ、時に年六十四なりき、おくり名して弥足功績道根大人(イヤタラシイソシミチネノウシ)と云、当時深川なる恵然寺に葬りしを後に改て品川東海寺なる県居翁の墓ノ側に移し葬れり」
とある。
 東海寺へ墓を移すのは豊穎の企てであろう。
 賀茂真淵の墓所への移転は妻藤子を喜ばせた。その時の藤子の文(案)が残る。

【参考文献】
『本居内遠全集』・吉川弘文館・昭和3年。
『本居内遠翁略伝、条里図帳考』(明治17年11月2日)。
「内遠翁年譜考」(『本居全集』・吉川弘文館・昭和3年)。

【参考資料】
『本居内遠翁略伝 条里図帳考』「略伝」
「翁幼名は鎌次郎また久次郎といひ後に秋津と改む実名は孝国後に高国と云」寛政四年壬子二月二十三日尾張国愛智郡名古屋に生る」本姓は浜田氏父は久八郎孝祖といひ母は尾岩氏兼子といふ」天保二年大平翁の養子となり通称を弥四郎実名を内遠と改め翁の女藤子に配して三男二女を生む長は豊頴次は利蔭荒巻氏に養れ次は正稔徳田氏に養る二女は世を早うせり藤子は才学ありてよろづ人にすぐれ翁を輔けていさを多かる中にも翁の江戸に在て身まかれる時に豊頴のいと若きをすゝめて鋭心をおこさしめつるは、もはら母刀自の力なり」初め大平翁の末子永平を養れしに早く身まかりしかば豊頴を世嗣とせり」尾張にありし間は家の号を木綿垣(ゆふがき)といひまた榛園(はりその)ともいはれき」初め尾張の人清水忠美に学ひ市岡猛彦につき鈴木朖にたよりて後に大平翁の門に入れるは文政三年なり江戸の清水浜臣滝沢馬琴なと親しき学友なりき」天保四年の比より紀伊の殿の命をうけ賜はりて紀伊国続風土記の事をいそしみて同十年に至りて撰述全くなりぬ又公命によりて紀伊国名所歌集をも撰びなせり」和歌山藩にある間は大平翁のあとをつぎて教授を専にし安政元年の冬江戸赤坂の邸に古学館を設られし時紀の国よりめしよせられて専ら教授せられき当時皇国学校を設られしは紀藩をはじめとす」安政二年十月四日」病して赤坂邸の舎に身まかりぬ時に年六十四なりき、おくり名して弥足功績道根大人(いやたらしいそしみちねのうし)と云」当時深川なる恵然寺に葬りしを後に改て品川東海寺なる県居翁の墓ノ側に移し葬れり」翁は家学をつぎて古典に精く歌文に妙なるはいふもさらなり律令已下公武の制度を考証して筆記せるものいと多く和漢道釈の書に至るまてわたらざるはなし尤も講説に長じて教導に妙を得られたり、さて今数年のほどおはしたらましかばこの学の道盛におこるべかりしを古学館を設て僅に一年ばかりにして身まかられしはいとあたらしかりき」門人凡五百人余あり世にきこえたるは衣川広滋小島備源。富永楯津。上月為彦。北浦定政。赤井夏門。早川清魚。池辺真榛。坪内重岡。新居正道。熊代繁里。中山俊彦。西田三子麿。清水高平。堀内千稲。千家尊澄。三輪田元綱。森田国胤。菊田和平。湯川潔。吉田源子。小中村清矩。久米幹文等とす一わたりの歌文を以てしられたるは猶あるべし」著書は古事記年立。神武紀巡幸路次弁。伊太祈曽三神考。熊野祭神考。紀伊国神社考。天野告門考。紀伊国造職補任考。紀伊国古昔国界考。紀伊国名所歌集。紀伊国名所弁。三穂窟考。妹背山考。条里図帳考。田租度量考。冠帽革制考。古今官位指図。官職略抄。大饗机考証。半臂考証。賎者考。宍食息(改め「忌」)考。古調考。後奈良院何曽解。尾張浜主考。小野小町考。源氏物語年立考。小倉百首証文。金枕考。真律考。黒鳥考。古学大意。独語弁なと数種ありされども多く稿のまゝなり歌集は初榛集と云随筆は佐喜美多満と云/明治十七年十一月二日翁の三十年祭を執行せし時/久米幹文述/小中村清矩訂」

本居内遠画像 部分

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