midashi_o.gif 馬に乗る宣長

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 在京中の宣長は藤森神社(京都市伏見区深草鳥居崎町609)でしばしば乗馬を楽しんだ。
 宣長が最初にこの神社を訪れたのは延享5年4月15日、19歳の時。『日記(万覚)』には、「十五日、誓願寺、東本願寺、西本願寺、東寺、石清水八幡宮、【八幡中食】伏見藤森、稲荷」とある。中京区の誓願寺を出発し、午前中に大きなお寺三つ、山の上にある石清水八幡宮まで参拝という強行軍である。午後は、藤森神社と伏見稲荷を参詣している。
 また、上京してまもなくの宝暦2年5月5日、宣長(23歳)は再び藤森神社に参拝した。この時の主目的は藤森祭の見物である。
 藤森神社は、昔から武術、また馬の神様として有名で、今も5月5日の祭礼日には、武者行列、駈馬(カケウマ)神事が行われる。この日の宣長が見たのも恐らくこのような祭であったろう。
 同じ宝暦2年9月6日、宣長は友人堀蘭沢、藤重藤伯と連れ立って、伏見大亀谷即成院、泉涌寺を参詣し、藤森馬場にて乗馬を楽しむ。
 10月16日、再び藤森で乗馬、その後、東福寺通天橋で紅葉を見る。
 宝暦3年2月11日、蘭沢、藤伯、伊四郎と連れ立って、藤森で乗馬、小栗栖野で観梅。
 宝暦4年2月15日、蘭沢、府生、周治、岡本幸俊と連れ立って東福寺で涅槃像拝見、藤森で乗馬、小栗栖で観梅。

 また宣長は壬生でも乗馬を楽しんでいる。弓を習ったり、乗馬も楽しむ、ちょっと後年の和歌を詠み鈴を鳴らし桜を愛でるイメージとは違う。
 この神社では、『日本書紀』を編纂した舎人親王を祭神として祀るが、名前を「イエヒトシンノウ」と読み慣わしている。

「藤森神社の馬場」

「藤森神社の馬場」

「藤森神社本殿」

「藤森神社本殿」
もと御所賢所。712年中御門天皇より賜る。国重文。


>>『在京日記』



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