midashi_b 歌会(ウタカイ)

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 和歌を詠む会。通常、あらかじめ題を決めて詠む「兼題」、その場で詠む「当座」で進められるが、くじを引いて当たった題で詠んだり、歌合をしたりと色々なやり方がある。

 宝暦8年(1758・29歳)2月11日、嶺松院歌会に参加した後は、「歌会」が宣長の松坂での活動拠点となった。歌会のメンバーを中心とした『源氏物語』講釈が、夏から始まる。また「もののあわれ」論のきっかけとなった稲懸棟隆との出会いもこの歌会であった。『冠辞考』もこの会員の一人がもたらしたのではないかと推測される

 賀茂真淵と出会った翌年、明和元年1月21日には、遍照寺歌会が始まる。嶺松院歌会の開催日は11日と25日。遍照寺歌会は17日となる。これ以外にも様々な歌会が臨時、また定期的に開催された。
 最盛期の明和8年(1771・42歳)11月を見てみよう。この月の歌会は3日、直見家会、11日、25日、嶺松院会、17日、遍照寺会、24日、庚申会の5回。 『宝暦咄し』の安永元年の流行として「本居歌の講釈」と書かれる、その前年である。

 訪問者を歓迎して臨時歌会も開かれた。鈴木朖が参加した遍照寺会も、定例とは言え、当時は途切れがちだったので、臨時であったとも言えよう。寛政9年4月3日、菅相寺の歌会は熊本の高本順等歓迎の会であった。
 これらの歌会も、会によって、純粋に歌を研鑽するとか、いろいろ話をしながら楽しむとかそれぞれ特徴を持っていたはずだが、詳しくは分からない。ただ、一番基本となるのが嶺松院歌会であった。


>>「鈴屋円居の図」
>>「嶺松院歌会」
>>「遍照寺歌会」
>>「密蔵院歌会」
>>「菅相寺歌会」
>>「歌会のくじを持ち帰った話」
>>「講釈」



(C) 本居宣長記念館


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