midashi_g.gif 和歌川

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 日前宮を出て市街に向かうとやがて小さな川を渡る。これが和歌川、全長7.7kmで、和歌山城下と和歌の浦を結ぶ。今は小さい川だが、古代、ここが紀ノ川だった。聖武天皇もここを下って玉津島に行幸したという。
 橋を大橋と言う。渡ってすぐ左手あたりに、宣長を和歌山で迎えた和歌山藩士・小浦朝通の屋敷があった。小浦は寛政2年(1790)の入門。松坂にもしばしば来訪し、横滝寺で紅葉を楽しんだりもする。

 3回の和歌山行きで、宣長が宿舎としたのは、中ノ店北之町(城から徒歩10分、今も和歌山一の繁華街)にあった鍼医・塩田養的(シオダ・ヨウテキ)の裏座敷だが、小浦は、船で和歌山入りする宣長を弁当を用意して迎えに行ったり、挨拶廻りの案内をしたりと、師のために力を尽くす。そして宣長が和歌の浦に遊び、玉津島神社に参詣に行く時には、自宅の前から船を出した。もちろんたっぷりのごちそうとお酒も積み込んであったはずである。

 和歌川を過ぎると右手前方に和歌山城が見えてくる。その反対側、左手に関西電力和歌山支店のある交差点。ここを左に入ってすぐ左に大平の家があった。小浦の屋敷や大平宅と、この辺り一帯「広瀬丁」は武家の町である。


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(C) 本居宣長記念館


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