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安永7年(1778)〜文久元年(1861)5月7日
名古屋の大和絵画家。
縫箔業利平の男。通称大助。号雪朝斎。周渓。
始め狩野派を学び、上京し土佐光貞に、その後、田中訥言、吉川義信にも学んだ。故実に詳しく、著色に長けていた。
作品数も多い。また和歌は春庭門人である。
春庭の歌、
名古屋の渡辺清の君いとわかかりしほどより深く心をとゝめ
給ふとて絵をいとよくかきけるによみてまゐらす
色深く さなからうつす うつしゑに そむる心の ほとも見えけり
(『本居宣長記念館蔵書目録』4−64)
主な作品には、宣長と平田篤胤の「夢中対面図」や、奥墓のある山室山を描いた秀作「山室の図」など。
>>「奥墓」
また、当館には、二条家旧蔵「武者」〔小津茂右衛門コレクション〕も所蔵する。
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