midashi_g.gif 山の神

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 松坂には各町に山の神が祀られてその小祠があった。宣長の住する魚町には、坂内川近くに祀られていた。魚町宣長宅から2分。
 魚町の住人である宣長は、初詣はもちろん、寄進も行った。
 『古事記伝』刊行時の奉納先松坂3社の一つとも推測されるが確証はない。

 また、山の神祭りは、子供の祭りとして盛んに行われ、宣長も、『日記』では、宝暦9年、13年、安永5年、天明5年、寛政5年に当番を勤めている。
 例えば宝暦9年11月条には、今年の当番が清八と2軒であることが書かれ、1日の夕方から5日の夕方までの子供宿を清八が勤め、6日の振る舞いを本居家で行う。招くのは町内の男女の子供、また供を含めて35、6人。夕飯は七つ半より始まり飯、羮、平、炙り物、酒は無く、小落雁、串柿、軽焼という菓子を出す。また夜食として町中の人を招く、この夜は20人程が集まった。この席では先の食事の外に酒、取り肴が出される。7日は終日酒、などと詳細に記され、学者とは別の、町の一住人としての姿を窺うことができる。

 『毎朝拝神式』遙拝の一社。魚町山の神社は明治になり御厨神社に合祀されたが、その後再び分祠され、長谷川家の庭園内に祀られる。

山の神 鳥居

長谷川家内の山の神 鳥居


山の神 社殿


山の神 社殿
社殿の中は向かって右が魚町山の神。左が長谷川家のお稲荷さん。


> >『毎朝拝神式』



(C) 本居宣長記念館


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