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宣長は、寛政9年(68歳)の時に、
「民の戸も さゝて月見る よひのもり めくみのかけの くもりなきよは」
「よひのもり 小高き陰に 里人の 家居もしげく 今ぞ栄ゆく」
と言う二首の歌を詠みました。
「民の戸も」は、
松阪の町の人たちは、今宵も戸締まりもしないで
「よひ(宵)の杜(四五百森)」の月を眺めているね。みんな世の中が
うまくおさまっているおかげだなあ。
また
「よひのもり」は、
「よひ(宵)の杜(四五百森)」の下で、今を盛りと、賑やかに人々は暮らしているよ。
という意味です。
「民の戸」は、松阪神社 「旧蹟意悲之杜名木大樟」の傍らに、
歌碑が建っています。字は本居清造さんです。
なお、このくすの木は、 伝承では1092年に芽生えたそうで、なんと918歳!
「よひのもり」は、松阪駅東口ロータリーに碑があります。
宣長の自筆をもとに、書家 久松貫道氏が配字されました。
櫛田川上流の石に銅板はめ込みです。
この松阪の繁栄を詠んだ二首の歌は、
宣長さんの画賛歌としても人気があったようで、困ったことに贋物まであらわれています。
>>「四五百森」
(C) 本居宣長記念館
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