midashi_g.gif 吉野

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 古代は「えしぬ」と読み、

「上代より今に至るまで、絶れたる名地なることは云も更にて、山も河も、万葉集より始め世々の歌等など、計るに勝ず、又地の広きことは、此郡は大和国の半にも過て、南は木国の熊野に続けり」(『古事記伝』巻18)。
 現在の奈良県吉野郡一帯。桜の名所として知られる吉野山、また周辺には竜門の滝、妹背山がある。吉野と宣長との関わりは、吉野水分神社が中心となるが、明和9年(1772)3月には、蔵王堂、吉水院、竹林院から金峰山寺、西行庵、大滝、宮滝など周辺を隈無く採訪、旅の詳細は『菅笠日記』に載る。竜門の滝はこの時には立ち寄れず、寛政6年(1794)、紀州行きの途中に訪れている。妹背山については宣長は紀伊国説を採る(『玉勝間』)。
 また、寛政11年、紀州からの帰路には「よし野の歌」を詠み、後に「吉野百首」として『鈴屋集』に載り、また『吉野古風百首』として写本でも流布し、稲懸棟隆の評が『鈴屋翁七十賀会集』に載る(宣長全集・別2-424)。


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