midashi_v.gif 『在京日記』

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 京都時代の交友は『在京日記』に生き生きと書かれている。3冊ある。面白いことにこの日記は、楽しいことしか書かれていない。
 話は飛ぶが、フランス文学者・辰野隆の遊学が、やはり楽しいことで埋められている。

 「彼の留学譚の、どこまでが本当なのかと書いたのは、もちろん嘘が臭うという意味ではない。いやな、苦しい体験もたくさんあったはずだが、それは言わない。報告しない。うーん、面白い、といってもらえそうなことだけを披露する。その、猛烈といいたいほどのサービス精神のせいで、ただもう指をくわえて羨むほかない贅沢三昧の留学生活と見えてしまう。七十何年も昔の東洋人のパリ留学となれば、それなりの傷を負わずにはすまなかったろうに。私が言いたいのはそのことだ。」『辰野隆 日仏の円形広場』出口裕弘・P72

 事情は宣長も同じであろう。利息暮らしの中からの仕送りでやっていくことは困難であったことは容易に想像がつく。
 母・勝の書簡には、

「はおり少々間ちかひ御さ候て、少たけみしかく候まゝ、さやうニ御心へ可被下候」(宝暦5年9月20日付宣長宛)、
「ちりめんわた入致しかけ申候、つきつき故、気ニにも入申ましくとそんし候。まつ致し進し申へく候まゝ、下着ニ被成へく候」(同年11月4日付宣長宛)
等と書かれている。
 送ってくる着物は、寸足らずや継ぎ継ぎ、つまり継ぎ接ぎだらけのおんぼろで、気に入らなかったら下着にでも使えとは、あまりにもご無体な。
 松坂の生活、また宣長の懐も推して知るべしである。

『在京日記』

『在京日記』



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