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宣長のネットワーク
3志賀島の金印発見・「光る物がみつかったぞ!」其の五
 
春庭 宣長

「漢委奴国王金印考」と本居家旧蔵の「印影」

 宣長の「漢委奴国王金印考」は、天明6、7年頃に書かれた。細井金吾の論を検討し、「委奴」が「イト」と読めるかなど音韻論から考証する。結論として、この印は「倭国」(日本)ではなく、筑前にあった国に贈られたものであり、忌避することもないが、大変重要なものと珍重するほどのこともない。ただ古いものだから、その点では重要だろう、という。出土品が、すぐ歴史を書き換えるとする過剰評価を戒める、穏当な意見である。
  写真は『水茎の考等草稿』に載る自筆本と本居家旧蔵の「印影」。
  天明年間には、いくつかの歴史上重要な発見があった。その情報は、秘匿されることなく、研究者の下に届けられた。速く、しかも正確に。


【写真】
『水茎の考等草稿』に載る「漢委奴国王金印考」と本居家旧蔵の「印影」。



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