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宣長の学問
6 江戸と京都 其の四
 


現在の四条烏丸付近。


 宣長は、亡くなる年の夏も京都で過ごしている。滞在したのは、景山宅にも程近い四条烏丸であった。この場所のことを宣長は次のように書いている。
  「宿にした家は通りから入っているので、物音もしないが、朝夕、門に立って通りを眺めると、道は広々として気持ちよく、往来する人多く、賑やかなのは田舎住まいの自分には、目が覚めるような心地がする。京はどこでもこのような賑やかさというわけではないが、この四条烏丸は特別 で、大変賑やかである」(「おのが京のやどりの事」)
  京都、その中でもこの四条烏丸は宣長にとって、青春の地でありまた理想の地でもあった。


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