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 始めての江戸行き  修学旅行  京都徹底探索

 始めての江戸行き  

 16歳の4月17日、宣長は江戸に旅立っています。出発、到着の日と滞在先以外は、まったく不明です。何のために行ったのか。江戸で何があったのか。すべては謎です。
 一番有力なのは、商売の見習い説です。 延享2年(16歳)4月17日、江戸下向、松坂出立。26日、江戸着、叔父小津源四郎躬充の店(大伝馬町一丁目)に寄居。 延享3年(17歳)4月9日、松坂帰着。
 滞在先となった叔父小津源四郎は父定利の実弟。店は、宣長の曾祖父三郎右衛門が開業した店の三つの店の一つで、後年、隠居家孫右衛門に譲り与えたものです。木綿店で、明和元年閉鎖されました。


 修学旅行  

 19歳の4月5日、宣長は京都に旅立ちました。約1ヶ月間、近江から大坂まで足をのばし、参詣寺社は延べ93箇所。芝居に葵祭、朝鮮人の行列拝見と優雅な旅です。江戸から帰ってから約2年、家に閉じこもっていた宣長には、格好の気晴らしとなったでしょう。でも、利息生活の家計には大きな負担となった筈です。
 手習いから始まった勉強の一応締めくくりです。

>> 「京都徹底探索」


 京都徹底探索  

 寛延元年(19歳)4月5日、京都大坂等を巡る1ヶ月の修学旅行に出発した。日程は次の通り。
【日程】寛延元年4月5日、京都行、松坂出立、津で観音堂、国府阿弥陀、専修寺等参詣し、関泊。宿は酒屋善兵衛。6日、江州石原泊。7日、多賀大社参詣、高宮泊。8日、草津泊。宿は藤屋。9日、石山寺、三井寺参詣、小関越で山科に出、京都着、宿は三条橋東尾張屋某。10日、建仁寺、大仏殿近隣、今熊野、泉涌寺、小松谷正林寺(説法あり)に参詣。先斗町糸屋久右衛門亭に止宿。11日、北で芝居見物。12日、「粟田口庚申、智恩院、【御座敷拝見、通誉上人御塔前参詣ス、大僧正ヨリ十念ヲ授ル】一心院、丸山長楽寺、東大谷、双林寺、祇園、【二軒茶屋中食】高台寺、八坂塔、清水寺、【本尊開帳】六波羅密寺、錦天神宮、円福寺、蛸薬師、胎帯地蔵、和泉式部寺、誓願寺」。13日、「革堂、下御霊、御築地内、禁裏、仙洞御所、其外諸御公家方ノ御屋敷。相国寺、上賀茂、御菩薩池、下賀茂、百万遍、吉田、黒谷、【方丈拝見、元祖安置仏拝見、正清院殿御霊廟拝見】真如堂」。15日、「誓願寺、東本願寺、西本願寺、東寺、石清水八幡宮、【八幡中食】伏見藤森稲荷」。16日、祇園、長楽寺、東大谷、清水寺参詣。18日、夜六角堂参詣。19日、「葵御祭下賀茂ニテ拝見、【並競馬アリ】北野天満宮、壬生地蔵」。21日、「東福寺、【霊宝多シ】伏見ヨリ船〔一人四十八文〕【七ツ半時出ル】其夜八ツ半時分大坂八間屋著、梶木町八丁目若江屋七兵衛宅ニ宿ル」。22日、表御堂辺、裏御堂、座間大明神参詣。23日、「道頓堀芝居見物、一心寺【茶臼山見ユ、寺内ニ本多出雲守忠朝討死所、墓アリ】天王寺、生玉宮、高津宮、御城、高麗橋」。24日、「天満天神宮、山崎宝寺観音開帳、湯殿山大日如来開帳、今日日ノ入前ヨリ船ニテ伏見ニ上ル〔一人百三文〕」。25日、「アクル○廿五日〔辰ノ刻〕、伏見京橋ニ著畔ス、宇治平等院、興聖寺、恵心院、離宮、三室戸、【本尊開帳】黄檗山、再入京、三条大橋東宿屋松屋権兵衛亭ニ止宿ス、同夜錦天神宮」。26日、「南禅寺、【方丈座敷拝見】永観堂、光雲寺、獅子谷、銀閣寺真如堂、【其折節本尊開帳】」。28日、「二条城、北野天満宮、平野社、金閣寺、等持寺、妙心寺、仁和寺、鳴滝村、広沢池、嵯峨釈迦堂、天竜寺、法輪寺、松尾社」。29日、「智恩院、祇園、高台寺、清水寺、【開帳、アクル朔日迄】西大谷小松谷大仏」。5月2日、京で朝鮮人入洛を七条通油小路西で見る。この時の朝鮮通信使は、正使洪啓禧、副使南泰耆、従事官曹命采で、総人員は475名(内83名が大坂残留)。将軍徳川家重襲職祝賀のため来日。3日、三条橋東旅宿で朝鮮人の京発足を見る。4日、京出立、石部泊。宿は大黒屋。5日、関泊。宿は菱屋。6日、松坂帰着。


◇ 始めての江戸行き ◇ 修学旅行 ◇ 京都徹底探索
◇ 京都での日々 ◇ 運命的な出会い ◇ 妙楽寺に遊ぶ
◇ 4月の参宮 ◇ 4月の学問  


毎月の宣長さん
四月の宣長