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 6月の写本  『紫文要領』を書く  古体の歌

 6月の写本  

 暑さの中でも学事は怠らず。夏も宣長は学問に励む。
宝暦9年(30歳)6月1日、『伊勢物語』を書写する。奥書「宝暦九年丁卯六月朔日、清蕣庵本居宣長」。美しい写本。
同年6月2日、『老槐集』を書写する。奥書「宝暦九年丁卯六月二日、蕣庵宣長写」。本書は、中院通茂の家集。連日の写本。


 『紫文要領』を書く  

 宝暦13年(34歳)6月7日、上下2巻脱稿。「もののあわれを知る」ことを基調とする『源氏物語』論。しかし、ほとんど人に見せることはなく、晩年執筆の『源氏物語玉の小櫛』は、本書をもとに加筆している。


 古体の歌  

 宣長の詠む歌は「後世風」ですが、『古事記』や『万葉集』研究のためには「古風」(古体)の歌を詠むことが必須です。真淵と会った直後の、宝暦13年(34歳)6月、この頃初めて「古体」の歌10首(春2・夏1・秋2・冬2・恋3)を詠んでいます。これらの歌は、書簡と『万葉集』の質問と共に師・真淵に送られ、添削と入門の許諾を請うことになります。
 この「古風」か「後世風」か、大平が宣長にした質問とその回答が残されています。
「歌風問答」という仮題がついたこの質疑応答の概略を紹介しましょう。

先生は直く正しい上代を尊びながら、歌は新古今風のものを手本とするのはどうしてですか。
茂穂(後の大平)
茂穂
(後の大平)

宣長
宣長
最近の俳諧などは論外だが、古ければいいと言うものではない。三代集(『古今集』、『後撰集』、『拾遺集』)以前は、優れてはいるが、世界が狭い(「めでたけれど事ひろからで、足はず」)のだよ。ちょうど人間でも20代、30代は、まだ心が「ゆきたらはぬ」ものだ。40,50頃に至って、盛りで、また万事整うものだよ。


 このようなことが書かれています。全文は『本居宣長全集』別巻1に載っています。
 また、この問題については『宇比山踏』でも詳しく書かれています。


◇ 菅相寺の西瓜 ◇ 京都の6月 ◇ 『源氏物語』の講釈
◇ 6月の写本 ◇ 『紫文要領』 ◇ 古体の歌
◇ 『古事記伝』の執筆終わる ◇ 『日記』に見る松坂祇園祭


毎月の宣長さん
六月の宣長