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 手習い 「本居宣長六十一歳自画自賛像」を描く
 松平康定との対面  8月の宣長
 八月十五夜の歌  八月十五夜と九月十三夜は比較される

 手習い 

>> 正月の宣長・「正月は入学の季節」


 「本居宣長六十一歳自画自賛像」を描く 

>>「本居宣長六十一歳自画自賛像」


 松平康定との対面 

 寛政7年8月16日、宣長(66歳)は、松阪の本陣美濃屋で浜田城主松平康定に拝謁し『源氏物語』を講釈する。この講釈がいたく気に入った松平康定は、やがて宣長に『源氏物語玉の小櫛』を完成するように懇望することになる。
【関連項目】 「『伊勢麻宇手能日記』抄」


 8月の宣長 

元文5年(11歳)、名を弥四郎と改める。
宝暦9年(30歳)8月30日、『勢語臆断』4巻4冊書写が終わる。
宝暦13年(34歳)8月10日、『源氏物語年だての図』起筆か。
天明2年(53歳)8月18日、『天文図説』成る。春庭が清書する。
天明3年(54歳)8月7日、『春秋左氏伝』会読開始する。会読の目的は何か?
享和元年(72歳)、『伊勢二宮さき竹の弁』刊行。


 八月十五夜の歌 

「 八月十五夜くもりて月見えざりければ
 晴がたき こよひは雲の ひまをのみ 月のいるまで まちやあかさむ」(安永7年・49歳)
「 八月十五夜の夜川辺にて月を見て
  河水に みちぬる影は 井関にも あまりて落る 秋のよの月」(安永8年・50歳)
「 八月十五夜にはかならず歌の会して皆よむを一年さる事せでさうざうしきに月はことにおもしろかりければ
 望月の かけぬ円居の かけぬるぞ こよひの影に 思ふくまなる」(寛政6年・65歳)


 八月十五夜と九月十三夜は比較される 

「 八月十五夜はくもりけるに九月十三夜の月のいとさやかなりければ、
 さやかなる影はこよひのためとてやなかばの月のをしみおきけむ」(安永9年・51歳) 寛政7年9月16日付本居春庭宛書簡「八月十五夜、其御地雨降候よし、此方も大雨天ニ而候、びしやもんじニ而会致候、当月十三夜ハ、晴天ながら少々おぼろニ而御座候」(宣長全集・17-288)。

>> 9月の宣長・「九月十三夜」



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